「渋谷クエスト」から始まったgloopsのソーシャルゲーム事業

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スマホゲームが生活の一部になった今。

でも、その原型が「ガラケー」の中にあったことは、意外と知られていません。

2009年にgloopsが世に出した『渋谷クエスト』は、その原型の一本でした。

ここでは渋谷クエストがどんなゲームだったのか、そしてなぜ「gloopsの始まりの一本」と呼べるのか。

作品そのものと、それが生まれた時代に光を当てます。

ソーシャルゲームという言葉がない頃

渋谷クエストがSNS「REAL」で提供を始めたのは、2009年3月。

この時期の日本では、まだ「ソーシャルゲーム」という呼び名が一般的ではありませんでした。

流れが大きく変わったのは、この年の後半です。DeNAがモバゲータウンで公開した『怪盗ロワイヤル』が、大きな話題を呼びます。

友だちと関わりながら遊ぶスタイルが受け、ソーシャルゲームという遊び方が一気に注目を集めました。

つまり渋谷クエストは、そのブームが本格化する前に登場していたことになります。市場のかたちが定まる前から動いていた。

gloopsは、そういう会社の一つでした。

「ソーシャル」と呼ばれた理由は、SNSのつながりを遊びに持ち込んだ点にあります。一人で完結せず、友だちや他のプレイヤーと関わりながら進める。誘い合い、協力し、ときに競う。人のつながりそのものが、ゲームを面白くする仕掛けになっていました。gloopsが自前のSNS「REAL」を持っていたことは、この点で理にかなっています。人が集まる場を持つ会社が、その場に合ったゲームを作る。

渋谷クエストは、その組み合わせから生まれた一本でした。

「渋谷」を舞台にしたゲーム

タイトルのとおり、渋谷クエストの舞台は渋谷です。若者文化の中心地として知られるあの街が、ゲームの世界に取り込まれていました。

架空のファンタジー世界ではなく、実在する街を下敷きにする。この設定は、遊ぶ人にとって親しみやすい入り口になったはずです。携帯電話から手軽にアクセスし、知っている街を舞台に遊ぶ。フィーチャーフォン(ガラケー)が主役だった当時の環境に、素直に合った作りでした。

無料で遊べる、という仕組み

黎明期のソーシャルゲームには、共通する特徴がありました。

基本料金は無料。その代わり、ゲーム内のアイテムなどに課金する仕組みです。

まず無料で始めてもらい、遊ぶうちに一部の人が課金する。この形は、それまでの売り切り型のゲームとは発想が違います。

入り口のハードルを下げ、たくさんの人にまず触れてもらう。渋谷クエストも、こうした無料で始められるスタイルの流れのなかにありました。

携帯さえあれば、お金をかけずに始められる。この手軽さが、多くのユーザーを呼び込む土台になりました。

自社SNSから、モバゲーへ

渋谷クエストは、はじめgloops自身のSNS「REAL」で提供されていました。そこに一つの区切りが訪れます。

2010年2月、渋谷クエストがモバゲータウン(現Mobage)でも提供を開始したのです。

自社のSNSは、集められるユーザー数に限りがあります。一方のモバゲーは、当時すでに巨大な利用者基盤を抱えたプラットフォーム。

そこへ乗り込んだことで、渋谷クエストに触れる人の数は跳ね上がりました。同じゲームでも、置く場所が変わればリーチが変わる。渋谷クエストの歩みは、その分かりやすい実例です。

「始まりの一本」と呼べる理由

渋谷クエストが特別なのは、単にヒットしたからではありません。この一本が、その後のgloopsの進む道を決めたからです。

渋谷クエストで手応えをつかんだgloopsは、続けてソーシャルゲームを投入していきます。

2010年7月の『大乱闘!!ギルドバトル』を皮切りにした「大乱闘シリーズ」は、その代表例。最初の一本がなければ、こうした展開もありませんでした。

渋谷クエストは、gloopsをソーシャルゲームの会社へと押し出した、出発点そのものだったといえます。

一本目のゲームには、その後の会社の性格が表れることがあります。

実在の街を選んだこと、自社SNSと組み合わせたこと、無料で始められる形をとったこと。渋谷クエストが備えていた要素は、そのままgloopsという会社の輪郭になっていきました。始まりの一本を知ることは、その後のgloopsを理解する近道でもあります。

黎明期を映す一本

言葉が生まれる前に動き出し、実在の街を舞台にし、自社SNSから巨大プラットフォームへ広がっていく。

渋谷クエストの歩みには、ソーシャルゲーム黎明期の空気がそのまま詰まっています。

一本のゲームの物語であると同時に、一つの時代が始まる瞬間の記録でもある。そんな見方もできるのではないでしょうか。